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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2265号 決定 1982年12月16日

申請人(別紙選定者目録記載の一〇〇名の選定当事者) 吉田正彰

右代理人弁護士 角尾隆信

同 五百蔵洋一

同 森井利和

同 宮里邦雄

同 仲田信範

同 小野幸治

同 山口広

同 長谷一雄

同 海渡雄一

被申請人 日本ブリタニカ株式会社

右代表者代表取締役 平井泰

右代理人弁護士 平井二郎

同 鈴木稔

主文

被申請人は申請人に対し五八二〇万二六九八円を仮に支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請の趣旨

1  被申請人は申請人に対し、金一億六五二九万五六七五円を仮に支払え。

2  申請費用は被申請人の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

本件仮処分申請を却下する。

第二当事者の主張

(申請理由の要旨)

一  被保全権利

1(一) 被申請人会社(以下「会社」という。)は、米国法人エンサイクロペディア・ブリタニカ(ジャパン)インコーポレーテッド日本支社(以下「EBJ日本支社」という。)を昭和五三年六月七日日本法人化した株式会社であって、従業員約二三〇名を擁し、幼児から大人を対象に英語教材の訪問販売を主たる業としているものである。

(二) 選定者らは、いずれも会社の管理業務に従事する従業員であって、日本ブリタニカ労働組合(以下「組合」という。)の組合員である。なお、右組合は、EBJ日本支社時代に結成されたエンサイクロペディアブリタニカ日本支社労働組合を、EBJ日本支社の日本法人化に伴い、昭和五三年九月、前記のように名称変更したものである。

2 会社は、昭和五六年一一月九日、突如「自立再建基本計画」なる文書(以下「再建計画」という。)を全従業員に配布し、会社が倒産必至の情勢に直面しており、これを回避するためには、(一)賃金及び一時金の切下げ、(二)希望退職の募集と欠員の不補充、(三)在日機関の設立と業務の縮小の三点を骨子とする施策を実施しなければならないとして、そのための理解と協力を求めるとともに、組合に対しても文書で協議を申し入れてきた。

3 しかし、右再建計画の中で具体的かつ全面的に展開されているのは人件費の大幅削減のみであり、中でも賃金及び一時金の切下げの主たる内容をなすものは、(1)一時金を年間三・五か月に削減する、(2)月例賃金を凍結ないしは切下げる、(3)社会保険の労使負担割合を改悪する、(4)昭和五七年度の昇給(定昇を含む)を見合わせるというもので、従来の労働協約を改悪し、労働条件を大幅に低下させるものであった。

4 このため組合は、再建計画の内容及びこれが必要な理由等を明らかにするため、会社に対し団体交渉を要求しその回答を求めようとしたが、会社はかかる団体交渉を拒否しようとする態度に出たり、また、団体交渉に応じても組合に対して誠意ある回答も示さないまま希望退職の募集を強行するなど、一貫して不誠実な対応に終始し、昭和五七年二月一五日には再建計画を更に推し進めて既存の期限の定めのない労働協約の全面破棄を組合に対し通告するとともに労働協約改革案を提案し、更に同年三月一九日には就業規則の全面改革案をも提案して、完全に組合と対峙するに至った。

5 その間組合は、昭和五六年年末一時金を早急に支給するよう会社に要求したが、会社は組合が再建計画に一括同意しなければ支給できないとして譲らず、一方で第二組合のブリタニカ新労働組合(以下「新労組」という。)との間に、昭和五六年一二月八日、同年の年末一時金を基準内賃金(基本給・住宅手当・家族手当の総額、以下同じ。)の二・五か月分とする旨の労働協約を締結して同組合員及び六十数名の非組合員に対しては同年一二月二二日に右二・五か月分の年末一時金を支給しながら、組合に所属する選定者らに対しては未だ何らの年末一時金も支給しない。

6 しかしながら、選定者らは会社に対し、以下のように昭和五六年年末一時金として基準内賃金の五・六八か月分を請求する権利を有するものである。

(一) 会社は、賃金規則において、一時金は原則として毎年六月と一二月の二回支給する旨(三二条)及びその受給資格として一定期間在籍すべき旨(年末一時金の場合は六月一日から一一月末日)(三三条)をそれぞれ定め、これまでも右賃金規則に従い、夏季は六月、冬季は一二月の年二回、受給有資格者に対し例外なく一時金を支払ってきた。そして更に会社は、昭和五六年四月二七日、組合に対し、労働協約の形で一時金は賃金の後払いである旨再確認した。かかる賃金規則等の定めや慣行が存在する場合、一時金は賃金の一部として会社においてその支給をなすことが義務付けられているものというべきである。

(二) ところで、本件年末一時金として会社が支給すべき具体的金額については、前記賃金規則等にもその定めはなく、未だ会社と組合との間に合意も存在しないが、これを補完するものとして、昭和五三年六月二二日会社と組合との間で締結された賃金実績確保の条項が存在する。これは、会社設立に際し、会社がEBJ日本支社より「賃金実績の確約」等について変更することなく引継ぐ旨を明らかにした協約であるが、その趣旨は、一時金については、その年間月数は前年を下回らないというものであって、このことは、右協約が、当時外資系企業の植民地的性格に不安を抱いていた組合が会社に対し、将来にわたる雇用と生活の保障を要求した結果締結されたものであることや、その後会社が、昭和五五年一一月二〇日、改めて右協約の「実績とは……、一時金に於ては月数である。」旨の確認を行っていることからも明らかである。しかるところ、昭和五五年の年間一時金実績は基準内賃金の九・五か月分であり、昭和五六年の夏季一時金は基準内賃金の三・八二か月分であるから、本件年末一時金として会社が支給しなければならない金額は少なくとも基準内賃金の五・六八か月分ということになる。

(三) 選定者らは、いずれも昭和五五年一二月一日以降今日まで会社に在籍する従業員であるから、本件年末一時金の受給資格を有するところ、その各基準内賃金をもとに支給を受けるべき本件年末一時金を算出すると、別紙債権目録記載(5)のとおりとなる。

二  保全の必要性

選定者らは、本件年末一時金の支給のあることを前提に月々の生計を立て、あるいはこれを住宅のローン等の返済に充てているから、早急に右一時金が支給されなければ選定者らの生活は困窮し、折角入手した住宅を手放すことを余儀なくされるなどの回復し難い損害を被るおそれがある。

よって、本件仮処分申請に及んだ。

(被申請人の答弁の要旨)

一  被保全権利について

1(一) 会社の賃金規則三二条、三三条はいずれも一時金について、「原則として」支給する旨規定しているから、右規則は会社の業績等により例外的に一時金を支給しないこと又は支給時期を変更すること等をも予定しているものというべきである。本件年末一時金は、正に会社の業績、財務等の状況から、これが支給できない場合に相当する。

(二) 仮に会社が一時金を支給できる状態にあるとしても、前記賃金規則はその支給額、支給時期、支給方法について全くこれを規定していないから、その支給はこれら支給額等について労使の合意が存在することがその前提となっているものというべきである。現に右賃金規則施行の昭和五三年八月以来、会社は支給額等について組合との交渉、妥結を通じて一時金を支給してきたが、本件年末一時金について、会社と組合との間にかかる合意が存在していないことは申請人の主張するとおりであるから、申請人にはその主張するような一時金請求権はない。

2 申請人主張の昭和五三年六月二二日付労働協約の、会社が賃金実績の確約を引継ぐという趣旨の条項は、EBJ日本支社の日本法人化により同支社の従業員を新設の会社へ移籍させるに際し、会社が右支社における賃金水準を承継するという意味を有するに留まり、それ以上一時金について前年実績を確保するという意味を含むものではない。仮にそのような意味を含むものとしても、それはあくまでも経営の努力目標を設定したに過ぎず、右条項から直ちに申請人主張の如き権利義務関係が生ずるものではない。現に、会社設立以来の一時金の妥結実績をみると、前年実績を下回っているものもあるし、また組合自身前年実績よりも下回る要求を出しているものがあるのである。

第三当裁判所の判断

(被保全権利について)

一  《証拠省略》によれば、申請理由の要旨一1(一)、(二)の事実のほか、会社は、一時金について、昭和五三年八月一日施行の賃金規則において、「一時金は、原則として毎年六月と一二月の二回支給する。」(三二条)、「一時金は、一二月一日より翌年五月末日までの六ヵ月間の分を原則として六月に、六月一日より一一月末日までの六ヵ月間の分を原則として一二月に支給するものとし、別段の定めに該当する者を除き、この期間会社に在籍していた従業員が受給資格を有する。」(三三条)と定めていることが一応認められる。

右賃金規則の規定によれば、会社は一時金の支給時期(回数)及びその受給資格については一応これを明らかにしているといえるものの、他の支給要件、特に一時金の支給率等支給額に関する定めについては全くこれを明らかにしてはいないから、右賃金規則の規定のみをもって本件一時金請求権の根拠とすることができないことは明らかである。しかも、かかる支給要件について未だ会社と組合との間に何らの合意も成立していないことは申請人の自認するところである。すなわち、《証拠省略》によれば、次の事実が一応認められる。

1 会社は、昭和五六年一一月九日、全従業員に対し「自立再建基本計画」なる文書を配布し、会社が深刻な売上げの低迷と経済不況等のため、極めて重大な局面に直面しているとして、これを打開し会社の存続発展を図るためには、社内体制の改革、商品研究開発の積極的推進等の施策のほか、経費節減の施策の一環として、

(一) 昭和五六年年末一時金及び昭和五七年夏季一時金をそれぞれ基準内賃金の二か月分及び一・五か月分とする、

(二) 昭和五七年度の昇給(定昇を含む)を見合わせ、月例賃金も場合により引下げる、

(三) 人員削減を図り、原則として欠員の補充を行わない、

(四) 社会保険料の会社負担分を軽減し、その他福利関係経費の会社補助を中止する

などの人件費削減措置をとる必要があることを明らかにし、そのための理解と協力を求めるとともに、併せて同日組合に対し「自主再建基本計画に伴う協議事項についての申入書」を送付し、再建計画の実施に伴い、これと抵触する従来の協約、慣習を廃止、変更しなければならないとして、協議を申し入れた。

2 これに対し組合は、前記再建計画が従来の労働協約を無視する内容を含んでいるとして反発し、その撤回を求めるとともに、昭和五六年一一月一六日には、会社に対し、右再建計画問題とは別個に同年の年末一時金の要求額を提示し、これを再建計画問題とは切り離して協議するよう求めたが、会社は両者は一体不可分であるとして応ぜず、更に昭和五七年一月一八日の団体交渉の席上では再建計画に一括同意しなければ年末一時金は支給できないと主張するに至って、両者の対立は平行線をたどったまま膠着化するに至った。

3 その結果会社は選定者ら組合員に対しては未だ昭和五六年年末一時金を支給していないが、会社の従業員で構成されている他の労働組合である新労組の組合員に対しては、同組合との間で再建計画に伴う協議申入事項について合意に達したとして、昭和五六年一二月二二日、基準内賃金の二・五か月分の年末一時金を支給している。

二  そこで、右事情のもとで申請人がその主張するような一時金請求権を有するかどうかについて以下検討する。

1 まず、会社における賃金規則施行(昭和五三年八月一日)以来の一時金の支給実態並びにその取扱い状況等についてみるに、《証拠省略》によれば、

(一) 会社と組合とは、年二回(六月と一二月)の一時金支給を当然の前提として、予め支給要件について交渉してきたこと、

(二) 一時金は、かかる交渉による妥結に基づき労使間協定が締結され、前記賃金規則三三条に定める受給有資格者に対し夏季一時金については六月中に、年末一時金については一二月中にそれぞれ例外なく支給されてきたこと、

(三) その際一時金の支給額は、常に各人の基準内賃金に一定の月数を乗じて算出するものとされ、そこには欠勤控除を含む一切の査定は行わないものとされてきたこと、

(四) 会社は、賃金規則三条において、「賃金は次の各項の区分による。」として、一時金もこの中に含ましめていること、

(五) 会社は組合に対し、昭和五六年四月二七日、一時金は賃金の後払いである旨再確認していること

が一応認められ、かかる事実と前記賃金規則三二条、三三条の各規定とを併せ考慮すると、会社は少なくとも選定者ら組合員との関係では、一時金を単なる恩恵的給付としてではなく、賃金の一部としてこれを支給することが義務付けられているものというべきである。すなわち会社は、組合員たる前記賃金規則所定の受給有資格者に対し、その各基準内賃金に一定の月数を乗じた一時金を、原則として六月中(夏季一時金)ないしは一二月中(年末一時金)にそれぞれ支給すべき義務があるものというべきである。

もっとも、一時金の支給額、具体的には基準内賃金に乗ずべき月数は、前認定のように、その都度会社と組合との交渉により決定されるべきものであるから、労使間にかかる合意(労使間協定)が存在しない以上、他に特段の事情のない限り、組合員において具体的権利として一時金を請求することはできないものといわなければならない。

2 そこで進んで、本件において右特段の事情が存在するかどうかについて以下検討するに、《証拠省略》によれば、

(一) 会社は、昭和五三年六月二二日、組合との間に、(1)賃金実績の確約、(2)地位・身分の保証、(3)労働協約の確認と実行、(4)労使慣行の遵守など、につき変更することなくEBJ日本支社より引継ぐ旨の確認書を締結したこと、

(二) 会社は、右確認書の中の「賃金実績の確約」について、昭和五五年一一月二〇日組合に対し、そこにいう実績とは一時金については月数である旨の確認を行っていること、

(三) 会社は、前記の昭和五六年一一月九日付「自主再建基本計画に伴う協議事項についての申入書」において、昭和五六年年末一時金と昭和五七年夏季一時金の各基準内賃金に乗ずべき月数を「改定する事項」の中に含ましめ、あたかも一時金の月数が既に決定されているかのように取扱っていること、

(四) 更に右申入書において、一時金を削減することによる救済措置として、一時金減額分(対前年)の二分の一の範囲内で貸付を行うとし、あたかも前年の一時金実績を考慮することを前提とするかのような表現をとっていること、

(五) 会社は組合に対し、昭和五七年二月一五日、前記(一)の確認書をも含めた趣旨で、会社と組合との間に存在する期間の定めのない労働協約は全て維持することができないとしてこれらを解約する旨通知していること

が一応認められる。

これらの事実を総合すると、前記(一)の確認書の「賃金実績の確約」なる条項は、労働協約として、一時金については少なくとも前年同期の実績(基準内賃金に乗ずべき月数)が確保されるという意味を有するものと解される。

この点について被申請人は、これまでの組合の要求並びに妥結実績をみると、中には前年実績を下回っているものが存在するとして、「賃金実績の確約」なる条項は単なる努力目標に過ぎないと主張するので検討するに、なるほど本件疎明によれば、一時金について別紙一時金妥結月数記載のとおり被申請人の主張するような実態の存在することが一応認められるけれども、組合の一時金要求をみる限りでは、前年同期の実績(月数)を下回るものではなく、組合と会社との交渉の結果前年全体あるいは前年同期の実績を下回る月数で妥結しているとしても、それは組合が諸般の事情から必ずしもこれに固執せず、これより譲歩した金額で妥結することももとよりあり得ることであるから、右事実をもって直ちに前記「賃金実績の確約」条項が努力目標に過ぎないとみることはできないし、他に前認定を左右するに足る疎明もない。

3 ところで、昭和五六年一二月時点で前記の昭和五三年六月二二日付確認書が失効したと認めるに足る疎明はないから、会社は、昭和五六年年末一時金として、組合員のうち昭和五六年六月一日から同年一一月末日まで会社に在籍していた者に対し、同年一二月末日までに、その各基準内賃金に少なくとも前年同期の年末一時金の月数を乗じた金額を支給すべき義務があるものというべきところ、本件疎明によれば、選定者らはいずれも右期間会社に在籍し、その基準内賃金は別紙債権目録記載(4)のとおりであること、昭和五五年の年末一時金は基準内賃金の五・一五か月分で妥結したことが一応認められるから、会社は選定者らの右各基準内賃金の五・一五か月分を支給すべき義務があるものというべきである。

(保全の必要性について)

一  本件は、昭和五六年の年末一時金の仮払いを求める仮処分申請であるところ、かかる過去の、しかも臨時的賃金の仮払いを求める仮処分は、これを申請する者において何らかの手段によりともかくも現在に至るまでその生活を維持して来ているものであるから、原則として保全の必要性を欠くものといわなければならない。現に、《証拠省略》によれば、選定者らは毎月会社より賃金の支給を受けて生活しており、かつその賃金は比較的高額であることが一応認められるから、選定者らが本件年末一時金の全額(基準内賃金の五・一五か月分)の支給を受けるのでなければその家族をも含めた生活が直ちに困窮し、経済的に危殆に瀕するとまでは認め難く、これを認めるに足りる疎明もない。

二  しかしながら、他方、《証拠省略》によれば、選定者らは本件年末一時金が支給されることを当然の前提として生活設計を立て、ある者はその一部を住宅ローン等の支払いに充てることを予定していること、非組合員及び新労組の組合員に対しては昭和五六年年末一時金が基準内賃金の二・五か月分、同五七年夏季一時金が同じく二か月分それぞれ支給ずみであるのに対し、選定者らに対しては本件年末一時金はもとより昭和五七年の夏季一時金も全く支給されていないこと、このため選定者らの中でやむなく本件仮処分申請による救済を断念し、組合を脱退して、再建計画案を了承して会社の提示する一時金の支給を受けたと思料される者が本件申請後三一名にも及んでいることが一応認められるから、このまま選定者らに本件年末一時金が全く支給されないまま推移すれば、その生活が危殆に瀕することが一応推認される。

三  以上の事実を彼此総合して勘案すると、本件仮処分申請の保全の必要性としては、各選定者らの基準内賃金の二か月分(別紙債権目録記載(6)のとおり。総合計五八二〇万二六九八円)の限度でこれを認めるのが相当と思料される。

(結論)

以上の次第で、本件仮処分申請は、金五八二〇万二六九八円の仮払いを求める限度において理由があり、事案に照らして保証を立てさせないでこれを認容し、その余は理由がないから却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 近藤壽邦 鈴木浩美)

<以下省略>

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